人は独りじゃ生きられない、誰かの承認があって自我を保てる
人は誰しも「承認欲」を持っている。
誰かに必要とされたい、認められたい──
この気持ちは、人生のあらゆる場面に影響を与えていると思う。
僕自身も例外ではなかった。
小学生の頃に「モテる」ことで味わった承認体験が、
気づかぬうちにその後の人生を大きく形作っていた。
学生時代:承認欲が満たされなかった思春期
小学校までは女の子からの関心を得て、「自分は価値がある」と感じていた。
でも中学・高校は男子校。
異性との関わりがほとんどなく、思春期に承認欲を満たされる機会が極端に少なかった。
恋愛経験が乏しいまま大人になっていく中で、
「自分は本当に男として価値があるのか?」
少年・青年の未熟な考えながらも、そんな不安が心の奥に常に存在していた。
社会人と結婚生活:承認の対象が変わる
大学で妻と出会い、お互いに就職、結婚して家庭を築いた。
父として、夫として、それなりに役割は果たしてきたし、家族からの承認は今もある。
でも──その過程で「男として見られる」という感覚は薄れていった。
家族のために頑張る自分は認められても、
“異性として求められる自分”は、次第に消えていった。
SNS時代:他人の承認が可視化される世界
昔なら見なくて済んだはずの「他人のモテっぷり」や「男として求められる姿」が、
SNSや動画を通じて毎日のように目に入る。(夜の男の独り時間では、誰しもそうだろう。)
承認欲を満たしている男性を目の当たりにするたび、
心の奥で劣等感が刺激される。
「自分にはもう、あんなふうに求められる価値はないのかもしれない」と。
承認欲が僕に与えてきたもの
こうして振り返ると、承認欲は僕の人生にずっと影響を与えてきた。
- 自信を与えてくれた小学校時代のモテ体験
- 自信を削いだ思春期の“空白”
- 家族を守る責任と引き換えに失われた“男としての承認”
- SNS時代に増幅された劣等感
承認欲は、僕の心を満たすこともあれば、逆に不安や劣等感を生み出す原因にもなってきた。
おわりに
承認欲は、僕の人生を通して「自信」と「不安」の両方を生み出してきた。
40代になった今、その存在を改めて見つめ直すことで、少しずつ自分を理解できるようになってきた気がする。
「男として求められたい」──
この気持ちは、きっと誰にでもある自然な欲求。
それを否定せず、正直に受け止めていくことが、自分にとって大切なことだと思っている。

