承認欲は人の成長とともに変わる
「承認欲」という言葉はよく耳にします。
でも、それはいったい、いつから芽生えるものなんでしょうか。
大人になっても、誰かに認められたい。
そして僕の場合、それは「女の子にモテたい」という感情と深く結びついていました。
心理学的に見ると、承認欲は発達段階ごとに形を変えていきます。
- 幼児期:親に褒められること
- 小学校期:友だちや先生に認められること
- 思春期:異性からの関心
こうして人は、誰かからの「承認」を求めながら自分の存在価値を確かめていく。
僕も例外ではありませんでした。
小学生時代の“モテ体験”がすべての始まり
小学校の頃、僕はそれなりにモテていました。
バレンタインにチョコをもらったり、手紙をもらったり、放課後一緒に帰ったり。
僕は走るのが得意だったため、いつも徒競走では1番でした。
小学校の頃は「走るのが速い」これだけでモテていたような気がします。
子どもながらに「自分は男として価値がある」と感じられる体験。
その積み重ねが、僕の承認欲の根っこを作った気がします。
性に目覚め、承認欲と結びつく
同じ時期に、性にも目覚めました。
自慰を覚えたのも小学校高学年の頃。
その頃から「女の子に認められること」と「性の快感」が、頭の中で強く結びついてしまった。
快楽そのものより、「女の子に欲されたい」という感情。
それが、僕の承認欲の中心軸になっていったんです。
子供ながらに、常に「モテる」を意識した行動をし始めていたような気がします。
この体験が自分の中に強烈な軸となり、人生における行動や決断をする上で、
「女の子にどうやったらモテるか、求めてもらえるか」が
優先順位の選択や判断基準の大きな軸となっていました。
失われた承認と、今も残る渇き
ところが一転して、中高は男子校。異性との関わりはほぼゼロに。
「モテることで承認される」という感覚は、環境的に急に得られなくなりました。
思春期に「モテることで承認される」ことがなくなり、自信を得られるツールを失った。
またどちらかというと内向的な性格のため、自信を得られない過程で行動が徐々に内向きとなり、
学校外へと異性を求めに行くような、いわゆる「陽キャ」にもなれなかった。
その一方で身体が成長する思春期、性欲と性的な興味は尽きることがなかった。
僕の中では常に「異性にモテたい」という根源的な承認欲は消えていなかった。
そのような状態が続く中で高校を卒業し、大学に入学。
大学で妻と出会い、そのまま結婚し、家庭を持った。
幸せなはずなのに、心のどこかでは常に「異性にモテたい」という根源的な承認欲を抱え続けてきた。
おわりに
僕にとっての承認欲のルーツは、小学生時代の「女の子からの承認」でした。
それが性に目覚める時期と重なり、強烈に刷り込まれた。
40代になった今も、その原体験は僕の心の深い部分に残っている。
承認欲を理解することは、自分自身を理解すること。
これからも少しずつ、掘り下げていきたいと思います。

