なぜ40代既婚にもなって、そんなにも“男”として求められたいのか。

裏ログ日記

なぜ“男”としての承認に、こんなにもこだわってしまうのか

結婚して子どももいて、生活も安定している。
妻とはケンカもあるけど、それなりに平和に暮らしている。
それなのに──なぜか、「男として求められたい」「モテたい」という欲求だけが消えない。

この年齢でそんなことを思うなんて、みっともないことなのかもしれない。
でも、どうしても、心の奥に引っかかるんです。
今回は、その根っこを自分なりに見つめてみたいと思います。


思春期に断絶した“女性との関わり”

小学校の頃、自分はそれなりにモテていた。
クラスの女子からバレンタインをもらったり、放課後に一緒に話しながら帰ったり。
今思えば、それは子どもながらに「自分は男として価値がある」と思える体験だった。

でも中学・高校は男子校。
そこから一気に、女性との関係が“ゼロ”になる。
思春期──性に目覚めて、自分が異性からどう見られるかを意識する大切な時期に、僕には女性からの“フィードバック”がなかった。


妻との恋愛、そしてその先の“平和”な生活

大学で出会った今の妻と付き合い、そのまま結婚。
大きな波もなく、穏やかな日々を過ごしてきた。
子どもが生まれれば、生活の軸は“家族”に移っていく。
自然と、女性と関わることは激減する。
…それはごく普通のことで、不満もなかった。

でも、そんな中で──
SNSに流れてくる「裏垢男子」や「モテる中年男性」の姿を見ると、どうしても心がざわつく


SNS社会が生む、終わらない“比較”と“渇望”

現代は、他人の成功や欲望の満たされ方が、日常的に目に飛び込んでくる時代。
かつてなら見ることすらなかった「他の男のモテっぷり」や「快楽を手にする姿」が、スマホの中にはあふれている。

それらを見るたびに、自分が“取り残されたような”気持ちになる。
小学校時代に刷り込まれた「モテる=価値がある」という感覚が蘇り、
「俺はもう、“男”として終わったのか?」と考えてしまう。


根源的な“承認欲”が今も残っている

小さな頃に芽生えた「モテたい」という承認欲
それはただの“性欲”じゃない。
「男として認められたい」
「必要とされたい」
「求められたい」
そんな気持ちの根っこには、
“自分がまだ価値ある存在である”ことを確かめたい、という焦りがあるのかもしれない。


まとめ:この気持ちを、どう扱っていくか

「40代にもなって、なぜそんなことを?」と笑われるかもしれない。
でも、このブログを読んでいるあなたも、もしかしたら、
心のどこかに似たような“渇き”を抱えているかもしれない。

この年齢になってもなお、「男として認められたい」と思ってしまうこと。
それは、決して恥ずべきことじゃない。
むしろ、自分の“本音”を見つめ直すチャンスなのかもしれない。
僕はこれからも、この気持ちとちゃんと向き合っていきたいと思う。

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