裏垢男子に羨望した夜──「もう一度、男として求められたい」と思った理由

裏ログ日記

なぜ、「もう一度、男として求められたい」と思ったのか?

これまでの投稿でも書いてきた通り、
私は家庭内で孤独を感じていたわけではない。
妻とはたまに喧嘩もするが仲が悪いわけでもなく、子どもたちのことも大切に思っている。
それでも、どこか“男として自信が無くなっていく”空虚さが常にあった。

そんなある夜──
何気なく見ていたX(旧Twitter)のタイムラインで、ひとつの動画が目に留まった。

「裏垢男子」の動画が教えてくれたこと

それは、いわゆる“裏垢男子”と呼ばれる男性が、
女性を快楽の渦に導く動画だった。
動画はモザイクがかけられ、露骨な描写であり、目を逸らせなかった。

「いいな…」と思った。
「自分も、あんなふうに女性を快楽の渦に導いてみたい」と。

そこには、単なる性的な羨望だけではない、
“承認され、求められている男の姿”があった。

女性に求められていること、
その行為の中で「男であること」を全身で感じられること──
男としての自信を持ち合わせている理想の姿──
それは、自分がおそらく渇望しているものだろう状態だった。

快楽の先にある「承認」という欲求

思い返せば、自分はもう何年も、
女性に“男”として求められていなかった気がする。
セックスをすることではなく、“男”として認められること──
その承認こそが、自分が求めていたものだった。

Xで見た裏垢男子の姿は、
まさしく、それを体現していた。

女性に“男”として必要とされている、
女性の欲望に“男”として応え切っている──
そんな彼らの姿に、強く惹かれてしまった。

マッチングアプリ、出会い系サイトという選択肢が浮かんだ瞬間

「こんな自分でも、まだ誰かに“男”として求められるのか?」
「もう一度、“男”として自信を持ってみたい」──
そんな気持ちが、徐々に自分の中に芽生え始めた。

そしてあることがキッカケとなり、
マッチングアプリや出会い系サイトの存在を意識するようになる。

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